教育現場にFOSSを普及させるには

企業のみならず、教育制度の中にもフリー/オープンソース・ソフトウェア(FOSS)は急速に普及している。しかし、FOSSの採用は増えているものの依然として大きな障害がある、と経験豊かな支持者たちは異口同音に語っている。カナダと米国の学校に勤務するFOSS支持者たちは、教育現場特有の保守的な風土に向き合うだけでなく、逆効果にならないように効果的な方策を選びながらFOSS導入の活動を注意深く計画する必要がある。成功はゆっくりと訪れ、小さなことから始まるものであって、一夜にして得られるものではない。

学校へのFOSS導入の効果的な進め方を知るために、この分野のベテラン3人に話を伺った。カナダのバンクーバーにあるEric Hamber Secondaryでコンピュータ演習室の運営を担当し、Unixを教えるRobert Arkiletian氏、オレゴン州ポートランドのMultnomah教育サービス地域(Education Service District)でネットワークおよび情報サービスの指導顧問を務めるEric Harrison氏、メイン州ヴァッサルボロにあるVassalboro Community Schoolの技術責任者でコンピュータの指導にあたるDavid Trask氏である。3人ともK12LTSPというディストリビューションを利用するとともにその開発にも関わっており、特にHarrison氏は主要なメンテナの1人である。彼らは協力して、教育に携わるFOSSの賛同者や支持者全般のために実践的なアドバイスも行っている。

戦場となる教育現場を知る

FOSSの利用は増えているとはいえ、最初は教員や管理者からの強い抵抗があることを覚悟しておくように経験豊かな支持者は警告している。総じて生徒たちのほうはFOSS支持者にとってあまり大きな問題にならない。「一般的に言って、生徒たちは何であれ目の前にあるものに取り組んでくれる」とHarrison氏は言う。

教員や管理者による抵抗は、FOSS自体に対するものではない。彼らはどんな変化に対してもそういう反応を見せる。Harrison氏は次のように語る。「学校について理解しておくべきことの1つは、彼らの動きが極めて遅いことだ。彼らは変化をひどく嫌い、通常は人手もリソースも不足しているため、何をやり遂げるにしても相当な困難になり得る。現在のベースになっているオペレーティングシステムを捨てて別のものに置き換えるような場合はなおさらだ」。演習室のコンピュータのデスクトップ壁紙を変えるだけでも大騒ぎになりかねない、とHarrison氏は話している。

Arkiletian氏によると、抵抗のもう1つの原因が扱おうとする問題の複雑さだという。「FOSSという言葉を初めて聞く人にその説明を試みたことがありますか。10分ほど説明すれば、FOSSの概念や動く仕組みはわかってもらえるかもしれませんが、その意味するところやもたらす結果まで理解してくれるとはとても思えません」。

経験豊かなFOSS支持者は、ありがちな批判内容の周知やそうした批判への対応策の提言も行っている。特定のプロプライエタリなプログラムを使って教材を準備している教員には、最小限の労力でFOSSに移行できることを示す必要がある。また、学校では業界標準を教えるべきだと言う者には、特定のツールではなく手法を教えるほうがより堅実な指導であるとの示唆を与えてやればよい。Arkiletian氏は、10年前に業界の標準を教えていたらWordPerfectしか取り上げられることはなかっただろう、という話を好んで持ち出し、Trask氏は、車の教習では一般的な車の運転を教えるのであってトヨタやフォードといった特定メーカー車の運転を教えるのではない、と指摘するという。「我々の責務は教育であり、訓練ではない」とArkiletian氏は述べている。

同様に、大半のFOSSにおける保証の欠如やサポート体制についての管理者側の懸念に対しては、一般的にFOSS支持者たちは利用されているどんなソフトウェアについてもオンラインでサポートを提供していると指摘してやればよい。Arkiletian氏はよく「この前、ブルー画面になってMicrosoftに電話したのはいつのことですか」と管理者に尋ねるのだという。

また管理者には、無料または低コストのFOSSに移行すれば予算を減らされる危険性が生じるとの懸念もある。こうした意見を耳にしたFOSS支持者は、コストの大半はハードウェアにかかることやFOSSの利用によってハードウェアに対する投資を増やせることを強調すべきだ、とArkiletian氏は述べている。「ハードウェアへの投資はその額に見合った以上の価値をもたらし、手持ちの資金でより多くのことが行えるようになる」と彼は説明する。また彼は「実際にフリーソフトウェアには一切お金がかからないことをはっきりと述べること」をFOSS支持者に勧めている。

結局のところ、FOSSへの反対はほとんどが「未知のものに対する恐れ」からくるものだが、この恐れを取り除くには、FOSSの利用によってデュアルブートや仮想マシンによる独占的ソフトウェアの利用までが自動的に排除されるわけではないことを示せばよい、とArkiletian氏は言う。彼は「Windowsを奪い取ってはならない。というのも、何かを奪うのではなく加えようとしているだけだからだ」と強調する。経験豊かな他のFOSS支持者と同様にArkiletian氏も、教員と管理者に対しては時間をとってスクリーンショットを見せ、啓発のためのプレゼンテーションやワークショップを行うように提案している。こうした奉仕的活動は、教育関係者向けの地域の技術カンファレンスや個々の学校で非公式に実施することもできる。

効果的な導入方法

抵抗を和らげるためには小さな範囲から始めるように、と経験豊かなFOSS支持者たちは勧めている。一般に学校では生徒3人につき最低1台の割合でコンピュータが必要とされているが、FOSSへの移行は学区全体で一斉に行うのではなく、クラスで実際にPCを活用できるようにする前に演習室にある20~40台のPCをFOSSに移行させ、そのうえで1校で移行を実施することが、より現実的な目標となる。Harrison氏の経験によると「1校がFOSSを多用するようになれば、その状況が地域全体に広がる。この過程には組織的なもの以上の勢いがあるが、口コミの効果によるところが大きい」

Arkiletian氏は自身の経験から、FOSSを初めて試す場合は、必要であれば撤回も可能な試験的プログラムとして提案することを勧めている。Arkiletian氏もHarrison氏も、古いコンピュータをシンクライアントとして利用して既存の実験室を再利用するのが特に効果的な方法だと述べている。新品のPCを数十台も買い揃える必要はなく、新しいサーバを1台用意してK12LTSPのようなディストリビューションをインストールし、おそらくRAMをいくらかアップグレードするだけで済むのだ。こうしたハードウェアのアップグレードはいずれ必要になるものなので、万一FOSSの試みが失敗しても、アップグレードにかかった費用は少しも無駄にならないことをFOSS支持者は強調することができる。

そのうえ、この方法によって出費が抑えられることは明らかである。Harrison氏が指摘するように、多くの専門家がサポートを敬遠しつつあるOS X以前のMacが手元にある場合、このやり方は特に魅力的である。Arkiletian氏も次のように述べている。「我々は実際にこうした古いコンピュータの寿命を延ばし、廃棄されるのを防いでいる。環境の面でも効果があるわけだ」

最初にユーザがFOSSインストール環境で作業を始める際には、FOSSの利点に惚れ込む教員に特別な注意の目を向け、彼らを巻き込むことに力を注ぐようにHarrison氏は述べている。「なかには感化されやすい教員もいる。多くの場合、こうした人々を探し出して熱意を煽り、FOSSの支持者にすることができれば、外部の誰かを支持者にするよりもずっと効果的だ」。そのような教員の例として、Harrison氏はTrask氏の名前を挙げている。

そのHarrison氏の評価をTrask氏自身も認めている。「Linuxについて何か新しいことがわかるといつでも、興奮のあまり皆に知らせずにはいられなくなる」。Trask氏が最初にGNU/Linux派に転向したのは、Windows NT環境がクラッシュし、できるだけ早急にもとの機能を回復させなければならなかったときだったが、彼はすぐにメイン州の学校組織における主要なFOSS支持者の1人になった。

「私の興奮にはいくぶん伝染性のものだったに違いない」とTrask氏は語っている。というのも彼はやがて州の各地にいる技術責任者に話を伝えたからだ。Trask氏がGould AcademyのDrek Dresser氏とともに開催してきたNortheast Linux Symposium(北東Linuxシンポジウム)は、今では教員とFOSSの権威者が集う年次会議になっている。もっと最近では、ニューハンプシャー州とマサチューセッツ州でのワークショップもTrask氏は実施している。これほどの熱心さを示してくれる人はあまり期待できないが、学校においてFOSSを成功に導くのはTrask氏のような人々である。よって、草の根レベルで活動するすべての支持者は、こうした人材の募集と発掘を大きな目標の1つにする必要がある。

避けるべきやり方

FOSS支持者に活動を継続してもらうには熱意が重要になるが、経験のある者は熱意を示しすぎることに対して注意を促している。Arkiletian氏は次のように語る。「初めてLinuxにのめり込んだとき、私は興奮して周りの人々をLinuxに移行させようとした。だが今はもうそんなことはしたくない。熱意も度を越すと、何か裏の思惑があるか、常識を無くしたかのどちらかだと思われるものだ。現在の私のやり方は、FOSSの良さを力説したりMicrosoftを批判したりといったことをしないという意味で、時間に委ねるものだといえる」。むしろ彼は、FOSSの明らかな利点をFOSS自体に語らせるほうがいいと言うのだ。

Trask氏もこれに同意している。「私がこの数年で学んだ最大の収穫は‘ただ支持すること’だった。FOSSのことで大げさに騒ぎ立て、その価値を尊大に語り、あるいはFOSSについて独りよがりな態度をとることに多大な時間を費やしてはならない。あたかもFOSS以外のソフトウェアであるかのようにFOSSをただ使い始めることだ」

支持者としてはFOSSの価値を強調するのではなく、ソフトウェアを購入する余裕のある生徒だけでなく、すべての生徒に届けることができる点と信頼性に重点をおくべきだ、とHarrison氏は述べている。反対に、ソースコードが入手できるという利点については語らないように彼は忠告している。「核心となる基本的な問題に言及することだ」と彼は主張する。平均的なFOSS支持者に耳を傾ける人々は「何か具体的なテクノロジーの全般について特に不安があるわけではなく、その信頼性と利用可能性について不安を感じている。大事な点だけを話せば、耳を傾けるだけでなく、試しに使い始めようともするだろう。試しに始めてみてFOSS支持者の言葉が正しかったことがわかれば、彼らはかんり態度を軟化させるはずだ。誰かがやって来てオープンソース開発者による活動のやり方をまねて成功した、などという事例は聞いたことがない」

同様の理由から、支持者は小さな変化を少しずつ積み上げることに集中する必要がある、とHarrison氏は話している。「大規模で劇的な変化を期待すると失敗しがちだ。教育組織を動かすものは何かを理解する必要がある。教員や管理者の考え方に合わない特定の思想を押しつけようとしても、うまくいかないだろう。全員の利害を一致させなければならないのだ」。Harrison氏によるこのアドバイスもArkiletian氏やTrask氏の言葉と同様、聞き手が容易に理解できる売り込み方をするのが有利であることを意味している。

成功の見込み

Harrison氏は学校内のFOSS支持者に対して、他のどんなことよりも「何をするにしても非常に長い時間がかかることを覚悟する」ように警告している。程度によらずFOSSの利用を学校や地域に納得させるには普通で2~3年かかり、5年かかった例もある。ただし、FOSSに適応するペースは、一般に説得の対象となる人数と官僚組織の階層が少ないことから、私立校のほうが公立校よりも速いとArkiletian氏は示唆している。

成功は決して確実なものでも普遍的なものでもないことをHarrison氏は認めている。しかし彼は、FOSSが教育関連のコンピューティングにおける大半の技術革新よりも成功の確率が高いことにも触れている。Harrison氏の経験によると、標準的な技術革新の成功率は50%ほどだという。これに対し、FOSS導入の成功率は75%以上あり、特に本稿に記した方法に従えば成功率はより高くなるはずだ。

この成功率の高さは主として、十分な時間があれば現代のFOSSは自ずと実力を発揮することに起因する、と専門家はみている。「物事は、思考におけるパラダイムシフトの発生と広範囲における唐突な利用の増加というところに行き着くことがやがてわかるだろう」とTrask氏は話している。自らが長い間FOSSの支持活動を行ってきた年に一度のメイン州での技術的な集会に触れ、彼は次のように言っている。「よかったらどうかな。今年は発表しないつもりだけど、我々がどこまで進歩したかはわかるよ」。まだやるべきことは残っているとはいえ、Trask氏にとって、数名の同志と共にFOSSを支持してきた孤独な闘いは過去のものとなり、今やFOSSへの取り組みは大きな流れになっている。

Bruce Byfield氏はセミナーのデザイナ兼インストラクタで、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリストでもある。

NewsForge.com 原文