瞬時に起動するLinux環境Splashtop

 昨年、サンノゼを拠点とする新興企業DeviceVMによって発表され、波紋を呼んだのがSplashtopだ。ほとんど瞬時に起動するこのLinux環境は、通常はマザーボードのBIOSのために用意されたフラッシュメモリに収められている。同社が今年1月のConsumer Electronics ShowでSplashtopの次期更新版を披露した際、我々はこの興味深いシステムソフトウェアを実地に検分できる機会を約束してもらっていた。

 Splashtopは完全なコンピューティング環境をユーザに提供しようとするものではない。DeviceVMでは、朝起きて急ぎのメールのチェックを何分もかけずに数秒で済ませる、といった利用シーンを前面に出して宣伝を行っている。また、翌朝すぐにネットワークにつなげられるように夜中もPCの電源をつけっぱなしにしている人には、Splashtopなら同じくらいすばやくネットに接続できて夜中に電気代がかかることもない、と提言している。

 Splashtopが最初に搭載されたのはASUSのP5E3マザーボードで、このときのクライアントアプリケーションはWebブラウザとSkype VoIPクライアントだけだった。その後、ASUSはM3N-H、M3N-HDの各マザーボードをSplashtop対応の製品ラインナップに加えた。これらの新しいハードウェア製品に搭載されたSplashtopには、マイナーアップデートと調整が施された。そして、DeviceVMが準備を進めているメジャーアップデート版には、現行のマザーボードに搭載されたバージョンよりもずっと多くのアプリケーションが追加される。

9秒で起動

 このSplashtopの次期バージョンをレビューするために、我々はASUS製F8SaノートPCを借り受けた。Intel Core 2 Duoプロセッサ、2GBのRAM、802.11a/g/n無線および有線Eithernet、回転式の1.3メガピクセルWebカメラ、14.1インチの液晶画面、160GBのハードディスクを備えている。とはいえ、おわかりのようにSplashtopはハードディスクを必要としない。

 Splashtopには、専用のホットキー(この機種ではト音記号が描かれているが、おそらく暫定的なものだろう)が用意されている。一方、普通に電源ボタンを押すと、通常のブートシーケンスでシステムを起動できる。

 今回のバージョンのSplashtopには、これまでのリリースになかった相当な数のアプリケーションが収録されている。WebとSkype以外に、チャットプログラム、写真ビューア、楽曲プレーヤ、動画プレーヤ、スタンドアロンのDVDプレーヤが追加されている。また、視覚テーマや電源管理プロファイルなど、Splashtopを設定するユーティリティ群も存在する。

 宣伝文句のとおりに、Splashtopは数秒で起動する。計ってみると、コールドブートでメイン画面が表示されるまで9秒強だった。これに対し、同じノートPCでプレインストール版のWindows Vistaが起動させると2分以上かかる。Splashtopのメインメニューは9秒で表示されるが、個別のアプリケーションが立ち上がるまでには、ネットワーク接続の待ち時間を入れてあと4、5秒かかる。

 今回のSplashtopはWEPで保護された無線ネットワークに接続できるが、WPAには対応していない。この点について、DeviceVMでは近いうちに対応を考えているという。自宅の無線ネットワークではWPAを使用しているので、有線のEthernetを使って接続することにした。電源を切った状態から起動すると、Webブラウザが新しいページを読み込む前に、決まって開始ページを最低1回はリロードしなければならないことに気付いた。ノートPCの動作に何か問題があったわけではなく、システムのブートとブラウザの起動がルータからDHCPでIPアドレスが割り当てられるよりも早かったせいだった。

 同じように、SplashtopのメディアプレーヤはPCのハードディスクに保存されているファイルにアクセスできるが、ドライブが回転を始めて指定したフォルダ内のファイルを見つけ出すまでに待ち時間が生じる。なお、F8SaにはSD(Secure Digital)カードスロットも付いており、SDカードからメディアを再生することもできる。

アプリケーションの詳細

 Skypeはプロプライエタリなアプリケーションだが、Splashtopのアプリケーションはオープンソースを中心にした構成になっている。WebブラウザはFirefox 2.0.0.3の機能縮小版、チャットアプリケーションはIMクライアントPidgin、動画プレーヤはMPlayerをベースにしたものだ。

 ブラウザにはAdobe FlashとMPlayer用ビデオプラグインが含まれており、さまざまなオンラインメディアを閲覧できる。ただし、AcrobatやJavaをはじめとする多くのプラグインは見当たらない。少なくとも、AcrobatとJavaは含まれていないようだ (Firefoxのvanillaビルドからの変更点の1つとして「about:」というURL入力が無効になっており、インストールされているプラグインを簡単には確認できない)。また、エクステンション(拡張機能)、テーマ、検索エンジンのインストールもできない。事実、ナビゲーションツールバー上の検索フィールドは削除されている。

 任意のXPIをマザーボードのEEPROMにインストール可能にしてしまうことの危険性を考えると、エクステンション類を無効化している点は納得できる。だが、その他の機能まで削除する必要があるとは思えない。たとえば、「file://」というURIでPCのハードディスクまたはメモリカード内のドキュメントを参照することができない。こうした操作は日常的に行われており、“何でもすぐに参照したい”という考え方の下では確実に便利な方法だ。また、ページ情報の表示といったごく普通の操作が許されていないのも合点がいかない。

 DeviceVMの広報担当者Andrew Kippen氏によると、そうした変更の多くはSplashtopが固定サイズのフラッシュメモリをストレージとして使用しなければならないことに起因している、という。Firefoxのvanillaビルドはハードディスクへのアクセスを前提としており、その点はユーザがファイルをダウンロードするときだけでなく、自動アップデートやページのキャッシュのような基本的な機能についても同じだという。

 また、PidginはAIM、MSN、Yahoo!、QQ、Google Talkの各アカウントに対応している。Firefoxの場合と同じく、今回Splashtop向けに用意されたPidginでも、すべてのプラグインや、ユーザ設定用の多くの項目など、利用できない標準機能が数多く存在する。

 その他のメディアアプリケーションは(少なくとも現時点では)クローズドソースのものになっている。DVD再生用のソフトはLinDVDで、写真ビューアと楽曲プレーヤはDeviceVMで自社開発されたものだ。動作させてみると、これら2つのカスタムアプリケーションには付加的な機能がまったくなかった。楽曲プレーヤと写真ビューアは、それぞれMP3ファイルとJPEG画像しかサポートしていない。ただし、どちらもSDカードスロットや外付けのUSBドライブからファイルを読み込むことができるので、メディアの管理を手早く行うには役に立つ。

 メディア管理について補足すると、SDカードを挿入してもUSBドライブを接続しても必ずSplashtopによって自動マウントされ、ファイルマネージャが現われる。このファイルマネージャは、メニューには含まれていないものだ。

 Linuxには代わりのアプリケーションがいくらでもあるのに、DeviceVMが楽曲および画像の各アプリケーションをわざわざスクラッチから書き上げたことには疑問を感じた。だが、Firefoxのときと同じようにKippen氏は、既存のアプリケーションを採用してハードディスクにアクセスできないシステムで使えるようにするには大がかりな変更が必要になる、と説明している。「確かに世間には優れた写真ビューアや楽曲プレーヤが数多く存在するので、どこかの時点でSplashtopのアプリケーションとして採用する可能性はある。ただし当面は、既存のアプリケーションに手を加えて我々の環境で動かすよりも独自のアプリケーションを開発するほうが容易だと判断した」

VM、ソースコード、SDKについて

 Splashtopが立ち上がるまでの9秒間に、一体何が起こっているのだろうか。ユーザの目に見えるアプリケーションのそれぞれは、個別の仮想マシン(VM)になっている。システムはまず、DeviceVMが独自に設計したリアルタイムOS(RTOS)をブートし、それぞれのVMの起動と管理はこのRTOSによって行われる。VMはいずれもLinuxベースだが、RTOS自体はLinuxベースではない。

 この点は、BIOSに代わる存在であり、以前はLinuxBIOSと呼ばれていたCorebootの設計に似ている。ハードウェアの初期化は非常に簡単で、主な処理としては別のOSのロードを行う。DeviceVMのCEO、Mark Lee氏は自社について次のように述べている。「LinuxBIOSの開発には非常に関心がある。BIOSが軽くなればLinuxをベースにした我々の環境のブート時間も短縮され、ユーザの満足度は向上する。当社はCorebootプロジェクトとの相乗効果を狙っており、同プロジェクトを有益かつ相互補完的な存在と捉えている」

 両者の大きな違いは、Splashtopがマザーボードに通常備わっているOEM供給されたBIOSの置き換えではないことにある。一方のCorebootでは、そうしたBIOSを置き換えるため、保証が無効になることを快く思わない人にとってはリスキーな選択肢になっている。

 SplashtopのRTOSはサイズが非常に小さく、現時点では512MBの容量を持つ専用フラッシュチップのうちの“数百KB”しか占有しない。残りの領域は、アプリケーションVM用の空間やユーザアカウント情報(主としてブラウザ、Skype、IMクライアント用のアカウントデータ)の保存領域として使われる。アプリケーションVMのほうはPCのハードディスクや光学ドライブにアクセスする可能性があるが、Splashtop自体はドライブ類がつながっていなくてもブートできる。

 DeviceVMの事業開発担当取締役David Speiser氏は、Splashtopの特徴が活かされるのはハードディスクが故障したときだと説明している。ハードディスクドライブが動作しなくても、Splashtop環境をブートすればすぐにオンライン状態になるので、復旧策を検索するなり新しいハードウェアを注文するなりできるわけだ。

 ただし、PC本体に障害が起きたときの復旧方法を探す場合を考えると、Splashtopに障害回復や診断のツールが用意されているのかが気になるだろう。少なくとも今のところ、そうしたツールは用意されていない。そうしたシステムレベルのツールは、保証内容を考えるOEM業者の手で追加するのが最善だとSpeiser氏は述べている。しかし、それでは積極的なハッカーによって障害回復用のVMがアフターマーケット向けのアドオンとして生み出されることになるだろう。

 Splashtopの現行バージョンでは、ユーザによる追加アプリケーションのインストールはできない。システム内部の解析と変更はASUS製Eee PCのサポート(これはDeviceVM側ではなくASUS側の決定)直後から何度も要望されてきた機能の1つであり、具体的なアプリケーションの要望もある、とSpeiser氏は述べる。

 そうした目的のために、DeviceVMではソフトウェア開発キット(SDK)に取り組んでいるという。「世の中にはSplashtopをハックしたりいじったりするのが好きな人々がたくさんいるので、SDKの開発は当社にとって非常に重要なゴールだ。我々はLinuxコミュニティの成果を活用している。だから、それに報いたいと考えている」(Speiser氏)。できれば今年中にSDKをリリースしたい、というのがSpeiser氏の希望だが、それ以上に具体的な見通しは立っていない。とりあえず、興味のある人々はSDK発表時に通知を届けてもらえるように申し込んでおくとよい。

 Splashtop内に含まれるGPLでライセンスされたソースコードについては、すでに開発者によるダウンロードが可能だ。現在のリリースは49MBのtarballになっていて、次の2つの部分に分かれている。“コア(core)”パッケージには6つのカーネルパッチが、“アプライアンス(appliance)”パッケージにはウィンドウマネージャBlackboxおよびそのユーティリティ群に対するパッチが含まれている。

 SDKのバンドルは驚くようなことではないが、この先の長い道のりへの第一歩といえる。「やるべきことは非常に多く、この会社はまだ設立後間もない。だが、SDKのリリースはどうしても優先させたい」(Speiser氏)。

瞬間起動のすばらしさ

 新しいマザーボードやノートPCを購入する予定がない人にとっても、Splashtopは一見に値する。私がF8SaノートPCを使ったのは1週間と少しだったが、すぐに起動するLinuxの高速動作と便利さに慣れると、当初の考え方はすっかり変わってしまった。

 最初は、瞬時に起動するシステムがこれほど便利だとは予想していなかった。“朝一番のメールチェック”や“非常事態”といった場面での価値は理解できたが、そんなに大したことには思えなかったのだ。また、普段からノートPCはコーヒーテーブルに置きっぱなしで、インターネットには電話機でアクセスしているという事情もあった。

 だがそのどちらも、Splashtopのブラウザの使いやすさにはかなわない。Splashtop環境でのブラウジングは電話を使うよりも高速で使用感に優れており、IMDB(International Movie DataBase)で俳優の名前を検索するなど、ちょっとした調べ物をする際にもノートPCのようにリソースを消費せずに済む。

 Speiser氏は今後のビジネス展開についてはコメントしてくれなかったが、今後はASUS以外の製品でもSplashtopの搭載が予想されるというヒントはくれた。この瞬間起動の体験が広まれば、きっとオープンソース開発者たちが新たな方向へと進むアイデアを出してくれるだろう。

Linux.com 原文